ミャンマーの市場調査をする前に担当者が抑えておきたい基礎知識

ミャンマーに進出する企業のご担当者が最低限知っておきたいミャンマーの市場調査に関する基礎知識をまとめてご紹介します。

1 ミャンマー概要データ

東南アジアで長らく軍事政権下が続いていたミャンマーは2011年ようやく民主化のプロセスへ舵を切り経済開放と民主化へ進んでいる後進国になります。

ミャンマー連邦共和国、通称ミャンマーは、東南アジアインドシナ半島西部に位置する共和制国家です。1989年まで国家名称はビルマ連邦共和国でした。
隣接する他国として北東に中華人民共和国、東にラオス、南東にタイ、西にバングラデシュ、北西にインドと国境を接しています。

首都はネピドー(旧首都はヤンゴン)。ミャンマーは多民族国家でビルマ族(人口の60%)、他民族はカレン族、カチン族、カヤー族、ラカイン族、チン族、モン族、シャン族などの少数民族があります。

近年、同国は中国やタイ、シンガポールなどからの投資環境の増加、急速な経済成長で日系企業から「タイ+プラス1」として工場を設立する動きも進み、注目を集めています。

国・地域名

ミャンマー連邦共和国 Republic of the Union of Myanmar

面積

676,578平方キロメートル(日本の180%)

人口

5142万人(2014年9月(ミャンマー入国管理・人口省暫定発表)

首都

ネーピードー(人口:93万人(2007年調査)

言語

ミャンマー語、シャン語、カレン語、英語

宗教

宗教は仏教(89.4%)、キリスト教(4.9%)、イスラム教(3.9%)となります。

正式名称は、Pyidaungzu Thanmada Myanma Naingngandaw公式の英語表記はRepublic of the Union of Myanmar略称は Myanmarとなります。

同国は1948年から1974年までビルマ連邦、1974年~1988年まではビルマ連邦社会主義共和国(Socialist Republic of the Union of Burma)、1988年~1989年まではビルマ連邦、1989年~2010年まではミャンマー連邦と言う表記でした。2011年3月に、ミャンマー連邦共和国に変更しています。

地理

ミャンマーの地理はインドシナ半島の西部に位置し南北に伸びる長い国土になります。海側はアンダマン海とベンガル湾に面していて、長い海岸線の全長は約2,000kmあります。同国には国土中央をイラワジ川が縦断していて、河口付近は広大なデルタ地帯を形成しています。流域は41万平方Kmでヒマラヤ山脈の南端を源泉として、ミャンマーを北から南に縦断しています。※イラワジ川は旧名でミャンマー政権によってエーヤワディー川(Ayeyarwady)と変更されました。

同国では巨大ダム”水力発電用ダム「ミッソンダム」”の建設が計画されていましたが2011年ミャンマー大統領は中止を宣言しています。同ダム事業は600万KW規模の巨大発電事業で2006年に中国と共同建設に合意して着工に入っていましたが少数民族との衝突や住民の強制移住などでトラブルになっていました。

首都はネーピードーで2006年にヤンゴンから遷都しました。同都市は2003年から軍用地だった場所にミャンマーの新行政首都が建設開始。ミャンマー国家平和発展評議会は省庁・政府機関のヤンゴンから移転を2005年から開始して2006年に正式発表しました。

遷都の背景には様々な理由があるとされていますがヤンゴンの人口は500万人まで増え、人口密度が高まりを懸念、交通渋滞、道路・水道システムの不良などの問題、土地確保の困難さなどが挙げられています。

2 ミャンマーの民族構成

ミャンマーの民族に関しては他民族国家であり、国民のビルマ族の割合は約70%その他多くの少数民族がミャンマー北部、東部に住んでいます。

約30%となる少数民族は主にミャンマー国境の山岳地帯等に居住していて、カチン族、カレン族、チン族、カヤ族、モン族、シャン族、ラカイン族の7民族があります。そこからさらに134の民族に細分化されています。

多種多様な民族からも独自の文化が生まれていて国境付近ではインドと国境を接する地域のチン族、中国と国境を接する地域のカチン族、ラオス、タイと国境を接する地域のシャン族、南のカヤー族とカレン族、その南に住むモン族など多くの少数民族が存在し、中でもミャンマー国軍とカレン、カチン、シャンなどの少数民族は衝突を繰り返していて分離独立を求めています。

1995年にはミャンマー政府軍の総攻撃でマナプローが陥落し、大量のカレン族難民が発生しました。戦乱を避けてタイへ脱出したミャンマー難民のうちカレン族は10万人規模と言われています。

3 ミャンマー経済成長率

同国の通貨はチャットであり、ミャンマーの経済成長率はIMFの統計データに寄れば
実質GDP成長率は2011年+5.9%、2012年+7.3% 2013年 +7.5%の成長率でした。
名目GDP総額は、2011年 561億USドル、2012年 557億USドル、 2013年 564億USドル
一人あたりのGDPは 2011年 900USドル、 2012年 876USドル、 2013年 869USドル
となっています。
※IMF統計データ2013年など

ミャンマーは世界平均でも経済力が大変低いレベルで最貧国(Least developed country後発開発国)にカテゴライズされる国となっています。※東南アジアではラオス、ミャンマー、カンボジア、東ティモールが該当。

国際連合が2009年に定めた後発開発途上国と認定する3つの基準は

「1」所得水準が低いこと。一人当たりの国民総所得:GNIの3年平均推定値992米ドル以下。
「2」人的資源に乏しいこと。HAI:Human Assets Indexと呼ばれる指標が一定値以下。
HAIは、カロリー摂取量、健康に関する指標、識字率に基づく。
「3」経済的に脆弱であること。 経済的脆弱性を表すEVI:Economic Vulnerability Index値が一定以下であること。
EVIは農産物の生産量安定性、輸出安定性、その他で算出される。

ミャンマー経済は2011年の民主化後、海外企業の進出が活発になっています。これまで人件費の安さ、豊富な人口などの理由から魅力的な進出先であると言われてきました。2010年のミャンマー Central Statistical OrganizationによるGDP構成はサービス産業(33.3%)、製造業(18.8%)、農林業(30.0%)としています。

ミャンマーの直接投資は2011年46億ドル、2012年14億ドルとされています。主な投資国である中国、タイ、ベトナム、日本などから資源エネルギーや工業団地関連を中心に幅広く投資が増加しています。

同国は長らく軍事政権下で経済運営が行われてきました。2003年アウン・サン・スー・チー氏の拘束を受けて、アメリカが対ミャンマー経済制裁法を新たに制定したことがミャンマー国内産業への打撃となり経済の鈍化を招き経済の低迷を招きました。また2007年には政府によるエネルギーの公定価格引き上げにより国内で大規模なデモの発端となりました。

2010年に実施された総選挙で連邦連帯開発党:USDPが約80%の議席を確保してアウン・サン・スー・チー氏の自宅軟禁を解除。
2011年3月に現テイン・セイン文民政権が発足し民政移管が実現しました。同政権では民主化を推進すると同時に経済改革を実施し、海外からの投資を呼びかけています。アメリカは2012年に一部品目を除くミャンマー製品の禁輸措置を解除,EUも2013年に武器禁輸措置を除く対ミャンマー経済制裁を解除しています。

ミャンマーの総貿易額の金額(ドルベース)では
輸出  112億USドル (2013年IMF)
輸入 137億USドル (2013年IMF) と輸入超過になっています。

貿易品目に関しては
輸出上位品目   天然ガス(40.8%) 豆類(10.7%) 縫製品(7.7%) コメ(6.1%)で
輸入上位品目   一般・輸送機械(29.2%) 石油製品(17.6%) 金属製品(11.3%) 電機機械(5.4%)
となっています。

これまで他国からの累計投資額では中国が1位を占めていますが、テインセイン政権が2011年に誕生してからはそれ以外の国の投資が大きく伸びています。

4 ミャンマーの政治体制

ミャンマーの政体は大統領制で、連邦共和国の政体を取っています。同国はネ・ウィン将軍が、1962年に軍事クーデターを起こし他の政党の活動を禁止する一党支配体制が続いていました。

1990年5月に総投票が行われ、アウンサンスーチー率いる国民民主連盟 (NLD) 392議席(81%)と圧勝しましたが、軍事政権はこの選挙結果を認めず、政権の移譲を拒絶し続けました。2007年10月に、民主化勢力に対して強硬姿勢であった国家平和発展評議会 (SPDC) 議長および国家元首であったタン・シュエと長らく行動を共にしてきたテイン・セインが新首相に就任し、軍主導政治体制の改革が始まりました。

元首 テイン・セイン大統領(2011年就任、任期5年)
政党
与党:連邦連帯開発党(USDP)
野党:国民民主連盟(NLD)、国民統一党)(NUP)、シャン民族民主連盟(SNLD)、ラカイン民族発展党(RNDP)

議会は二院制で上院(民族代表院、224 議席)、下院(国民代表院、440議席)から構成。

2011年1月に首都ネピドーで総選挙後初の連邦議会が開幕しました。軍事政権発足以来ミャンマーの最高決定機関であった国家平和発展評議会(SPDC)は解散し、同権限は新政府に移譲され軍事政権に終止符が打たれました。

2014年現在ミャンマーの元首は2011年3月より大統領となり、テイン・セイン(Thein Sein)氏が連邦議会で軍籍ではない初の大統領、第10代 ミャンマー連邦共和国大統領に選出されています。

5 ミャンマーの魅力とデメリット

ミャンマーは2011年度の民主化プロセス後、経済改革を推し進めていてここ数年平均して年率+7~8%前後の経済成長を続けてきました。

2012年のミャンマー中央統計局の発表ではミャンマーの主要貿易相手国・地域(構成比)は

輸出相手国では
1位:タイ(44.6%)
2位:中国 (24.9%)
3位:インド(11.3%)
4位:日本(4.5%)
5位:シンガポール(3.2%)

輸入相手国では
1位:中国(30.0%)
2位:シンガポール(28.0%)
3位:日本(12.0%)
4位:タイ(7.7%)
5位:マレーシア(4.0%)
となっています。

ミャンマー経済に関してはかつては東南アジア有数の大国でありイギリス統治下においても東南アジアで最も豊かな地域のひとつでした。チークなど木材をはじめ天然資源が豊富で、石油生産・輸出も盛んに行われていました。しかし戦後は権力争い、軍事政権の活動なので経済は低迷。東南アジアでも最貧国の一つとされています。

同国のメリットとして

  1. 中国、タイ等における人件費の高騰からの回避国
  2. 豊富な天然資源(石油・他の鉱石資源)
  3. 地政学上重要な拠点(インド、中東へ向けた海路)
  4. メコン経済圏でのインフラ構築、道路整備
  5. 高い識字率、日本語と文法が似ていることからミャンマー人の日本語学習がし易い

などがあります。

またミャンマーの懸念材料では

  • 人口が600万人規模、まだボリュームゾーンの小さい中間層
  • 法制度の未整備 、汚職腐敗などのイメージダウン

1:中国、タイ等における人件費の高騰からの回避国と低コストの賃金

中国やタイが一人あたりGDPが5,000USドル近くになったことで低労働コストを求め、縫製業などの日系企業が一部機能をミャンマーなどへシフトし始めています。ミャンマーはアセアン域内で最も賃金水準が低いのに加え、インフレ率も比較的安定しているので、東南アジアでの優位性が高まっています。

※2014年ミャンマー政府は、国家公務員の月額基本給を一律+2万チャット(約2,000円、1チャット=約0.1円)引き上げる方針を発表しました。これにより2014年4月以降は公務員給与は合計11万チャット~29万チャットになる見通しで(11000円~29000円)となります。

タイ・マレーシアなど日系企業が比較的多く進出している周辺国での賃金上昇で“チャイナプラスワン”の有力候補地として、ミャンマーの魅力度が高まっています。

2:豊富な天然資源(石油・他の鉱石資源)

ミャンマー国内/海域には天然ガスや石炭、ベースメタル:銅、鉛、亜鉛、錫、レアメタル:タングステン、ニッケルなど豊富な埋蔵量が確認されています。また翡翠:ヒスイなどの宝石類も採取でき、宝石産業も注目されています。

ミャンマーのガス埋蔵量は19Tcf(2006年末BP統計)で、東南アジアではインドネシア、マレーシアに次ぐ第3位の位置でブルネイ、ベトナムを上回ります。

タイ国営石油(PTT)は子会社のPTT Exploration&Production(PTTEP)を通じYadana鉱区、Yetagun鉱区などで産出を1999年から始めています。

マレーシア国営石油Petronasも開発権益を保有し開発を進めています。インドネシアの国営すず会社のティマThimah(TINS)もミャンマーに進出しています。
※アメリカ・シェブロン、フランス・トタルも古くから参入しています。

3:地政学上重要な拠点(インド、中東へ向けた海路)

ミャンマーの国土面積は約68万平方Kmと日本の約1.8倍の広さを有しています。また国境としてタイ、中国、インド、バングラディッシュ、ラオスの5国と接しています。中国は早くからミャンマーの地理的優位性を理解し、援助資金などを申し出てパイプラインの建設などミャンマーを国家戦略地域として狙っています。

JETROの資料によればミャンマーに進出している企業は、中国が約27000社、タイが約1300社に比べ、日本はわずか50社数社に過ぎないとされています。
※2011年JETRO資料

4:メコン経済圏でのインフラ構築、道路整備

ベトナム連絡陸路、中越陸路、東西経済回廊、南部経済回廊などベトナム、ラオス、カンボジア、タイなどをつなぐインフラが構築されています。大メコン圏(GMS:Great Mekong Subregion)としてカンボジア、ラオス、ミャンマー、タイ、ベトナム、中国南部の6地域はADBアジア開発銀行などの支援を受け経済協力開発プログラムを進めています。

その中でミャンマーでは、モーラミャイン、ダウェイなどのインド洋へ面した都市への開発が期待されていて2015年春に全面開通する予定です。このルートのボトルネックとなっていたミャンマーのティンガンニーニョとコーカレイ間の新ルートが2015年4月に完成する見込みとなっています。

長期的にベトナム~カンボジア~タイをつなぐこれらの道路インフラがミャンマー経済の成長を後押しすると予想されています。

5:高い識字率、日本語と文法が似ていることからミャンマー人の日本語学習がし易い

などがあります。

ミャンマー国民の識字率は約90%と、近隣国と比べて高い水準にあります。また宗教が厳格な仏教であり、律儀な国民性は勤勉に働くワーカーが多いとされています。カンボジア(中高年層が少ない、マネージャー層が少ない)、ラオス(総人口が少ない、タイへ出稼ぎに行く)等のデメリットが少ない国家であるとされています。

またミャンマーの文法は日本語と非常に相似性があるため、ミャンマー人にとって覚えやすい言語になっています。

懸念材料では

またミャンマーの懸念材料では

■ 法制度の未整備 、汚職腐敗などのイメージダウン

ミャンマー政府は2011年から法制度の整備が進めていますが、同国の行政手続は基準が不明確で手続の運用も窓口担当まで浸透していないケースも多く有り、不透明な面があります。また役人レベルでの汚職/腐敗の話も多く、問題発生時の対応や解決に時間を奪われるケースもあります。

またミャンマーでは過去には何度も民主化への動きとそれに対する弾圧が繰り返されてきました。

ミャンマーにおいては135の民族が存在し、何度も少数民族との内部紛争が頻発してきました。2012年にカレン民族同盟(KNU)と停戦合意に至っていますが、難民問題など全面的な解決には至っていません。

■ 脆弱なインフラ(電力・物流・工業団地)

ミャンマーでは毎日のように停電が発生します。電力送電インフラは十分ではなく、ヤンゴン市内主要なホテルは自家発電装置を備えているところも多くあります。

同じく物流や工業団地のインフラもこれから開発が進む予定であるため日本の大手商社、通信会社などが積極的に進出を開始しています。

通信インフラはようやく2013年に携帯電話通信サービスの入札が終わり、ノルウェーの通信会社テレノール、カタールの通信会社オーレドー、国営のミャンマー郵便電話公社(MPT)の3社がヤンゴン市内から携帯電話サービスを開始しています。ミャンマーコンピューター連盟MCFの2013年統計データでは、ミャンマーの電話回線数はおよそ600万本で、うち携帯が540万本で固定電話回線は10%未満となっています。

■ ヤンゴン市内の不動産の高騰

ミャンマーでは供給レベルに反して需要レベルが大幅に上回り、外国人向けのアパート、コンドミニアム等の相場は前年比で+30%~50%に高騰しています。特に短期滞在型ホテル等はバンコクの方が安いものが多いくらいのレベルになってしまっています。サービスアパートメントと呼ばれる駐在員向け長期滞在型のホテルでは月額:数十万円レベルのものが多く、高額な家賃にもかかわらず、空室待ちの予約で埋まっています。

供給戸数が増加すると、賃貸価格は下落するはずですがミャンマー・ヤンゴンへ投資・進出する企業の方が多く、居住を求める外国人の数のほうが多いため価格が下がらない状況になっています。

英国系不動産会社コリアーズ・インターナショナルの2013年調査ではミャンマーは東南アジアの最貧国であるにも関わらず、商業中心地ヤンゴンの一等地の最高級オフィススペースは東南アジアで最も値段が高い1平方M当たり月額78ドルとなっています。

6 ミャンマーの歴史

ミャンマーの初の統一王朝
1044年 現在のビルマ族がミャンマー初の統一王国、パガン朝を成立。首都はパガンでした。
1044年 ~1314年
1287年 パガンの戦いでモンゴル帝国:大元ウルスとビルマのパガン朝が戦争し、敗北。
元軍はパガン朝の首都パガンと領土のほとんどを一時的に占領しました。
その後タイ系民族のシャン人が実権を握り、パガン朝は滅びます。
上ビルマではピンヤ朝(1312年~1364年)とアヴァ王朝(1364年~1555年)を建国しました。
1287年 下ビルマでモン族がペグー王朝(1287年~1539年)を建国しました。

1385年 ビルマ40年戦争が起こり、ミャンマー全土で内戦となりました。

1486年 タウングーに流れ込んでいたパガン王朝のビルマ族遺民によるタウングー王朝が建国。
1531年タビンシュウェティ王は、ペグー朝を滅ぼし併合します。1754年まで続きます。
1548年 第一次緬泰戦争
1563年 第二次緬泰戦争でアユタヤを陥落、チャクラパット王がビルマの属国になることを認めた。
1568年 第三次緬泰戦争

1752年 衰退した同王朝は、再興ペグー王朝によって滅亡しましたが、1754年にビルマを再統一したコンバウン王朝が建国されます。

1765年~1769年 清緬戦争 中国清に助けを求めたシャン族が乾隆帝と共に興した国土回復戦争

コンバウン朝ビルマはこの時期にイギリスと衝突。
1824年 第一次英緬戦争が勃発。ビルマ側が敗れ、1826年にヤンダボ条約が締結され、一部領土をイギリスに割譲しました。
1852年 第二次英緬戦争でもビルマ側が敗北し、イギリスへ一部領地を割譲。国土の半分を失います。
イギリスはイスラム教徒のインド人・華僑を入れて多民族多宗教国家に変えると同時に民族による分割統治政策を進めました。
1885年 第三次英緬戦争でコンバウン朝王朝は滅亡。1948年までイギリス領インドの一州として続きます。

1943年~1945年 日本軍の支援を受けてイギリスの植民地支配から独立する形でビルマ国が誕生。
その後再びイギリスが主権を持ちます。
1948年 イギリス連邦を離脱してビルマ連邦として独立しました。
現ミャンマー連邦共和国政府はその建国をビルマ連邦が成立した1948年としています。

2007年 保守派ソー・ウィン首相が死去したことに伴い、軍出身のテイン・セインが2007年首相に就任すると
軍政主導の政治体制の改革が始まり、2008年から民主化が進むようになります。

2010年 11月には新憲法に基づく総選挙が実施。政府はアウンサンスーチー氏の軟禁解除を発表。
2011年 テイン・セイン氏はミャンマー大統領に就任。国家平和発展評議会(SPDC)は解散、権限は新政府に
移譲されました。

7 ミャンマーの財閥・国営企業

<ミャンマー Asia World Groupの解説>

ミャンマーの巨大財閥であるアジア・ワールド・グループは創業者Lo Hsing Han氏が設立した会社で、アセアン最大規模のヘロインを取り扱っていた企業として知られています。シンガポールではCecilia Ng (Ng Sor Hong)の
名前で活動していました。同社には6つの子会社があり、Ahlone Wharves Asia Light
Asia World Company Asia World Industries Asia World Port Management
Leo Express Busなどがあります。

また各都市には以下の開発物件
Asia Light Supermarket – ランマドータウンシップ-ヤンゴン
Asia World Industries Limited, ラインタヤ工業団地
Asia World ティワラ深海港 ヘルダン・センター・コンドミニアム - ヤンゴン
トレイダーズ・ホテル – ヤンゴン
セドナ・ホテル – ヤンキン・タウンシップ, ヤンゴン セドナ・ホテル – マンダレー
Myanmar Brewery Limited – ミンガラドンタウンシップ  ヤンゴンなどがあります。

アジアワールドは2つの大規模ゼネコンの1つで(もう1つはHtoo Groupトゥーグループ)新首都であるネーピードーの新空港の建設請負を勝ち取っています。同空港は2011年12月に開港しています。また主要な大型道路の建設やヤンゴン国際空港の拡張プロジェクトの請負もおこないます。エネルギー事業へも進出していてThanlwin Riverのダム事業建設も行っています。ヤンゴンではスーパーマーケット、オフィスビル、住宅コンドミニアムなどの建設を進めている他に衣料産業、アルコール産業、製紙産業などもおこなう複合企業です。

2012年には同社子会社のAsia Mega Link社(ミャンマー郵便&通信局との合弁)が携帯電話SIMカードの販売を始めています。建設・貿易・通信・スーパーなどを含めた複合財閥になります。

<ミャンマー Htoo Group トューグループの解説 >

ミャンマーのHtoo Group of Companies (HGC)はミャンマーの大企業の1つで航空会社エアーバガンの親会社でもあります。Htoo Wood Products はチーク材木の輸出事業
Htoo Trading は建設、不動産開発、農業、輸送、船舶、鉱山、ホテル観光など
他業種にわたって展開していて、また商業銀行としてアジアグリーン銀行を2010年に立ち上げNayPyi Tawを本店として開始しています。

財団としてHtoo Foundationを抱えていて無償教育なども進めています。1990年にHtoo Trading として事業を開始。
ホテル・リゾート関連はAureum Palace Hotels&Resorts社
Myammar Teasure Resorts社などがあります。またヤンゴンユナイテッドFCのスポンサーでもあります。

<ミャンマー MAX Groupマックス・グループの解説>

ミャンマー MAX Groupは貿易、建設、飲料、ホテル、鉱業、観光、宝石、石油など多岐にわたるビジネスを展開する財閥です。Zaw Zaw氏によって1993年に日本からバスなどの輸入事業としてスタートしました。
ミャンマーの軍部とのコネクションが強く 輸出入事業以外にも建設、ホテル、観光、金融、宝石事業なども手掛けています。

ホテル事業ではRoyal Kumudraホテル
2013年東南アジアスポーツ大会Southeast Asian Gamesの公式スタジアム
Zabudipa スタジアムの建設。大型インフラ建設事業も多数手掛けています。

2008年にはネーピードーにてタクシー事業、レンタカー事業を開始。2010年には複合商業施設Pyay Towers の株式60%を取得。同じく2010年にプライベートバンクAyeyarwady Bankを開業しています。2012年はAyeywarwady ホテルをネーピードーに開業しています。

2012年にシンガポール証券取引所(SGX)上場企業のオッシーノグループ(A15) Aussino Groupを4700万USドルで買収。世界30カ国以上に拠点を持つホームファッションテキスタイルのデザインメーカー、卸売および小売業者。オーストラリア、中国、シンガポール、マレーシア、香港、韓国、アメリカで事業を展開しています。

<ミャンマー Union of Myanmar Economic Holding(UMEH)の解説>

ミャンマー連邦持株会社は1990年設立で ヒスイ、木材、ゴム、製氷、農業、ミネラルウオーター、水産等、銀行、旅行業、民間港湾管理など幅広いビジネス展開をしています。

外国企業とも合弁会社を進めていて、
・Myanmar Brewery Ltd. (ビール)シンガポール
・Myanmar Daewoo International Ltd.(縫製)韓国
・Myanmar Posco Steel Company Ltd. (鉄鋼)韓国
・ Berger Paints Manufacturing Company Ltd..(塗料)シンガポール
・Myanmar Cement Company Ltd.(セメント)インドネシア
なども進めています。

<ミャンマ- ミャンマーディストリビューション・グループの解説>

Myanmar Distribution Groupは1996年設立。物流などをおこなう企業で、24の支店を展開して毎月32,000店を越える小売店へ届けています。ミャンマー最大の物流ブランドであるとしています。
創業者はAung Maw Thein (Nick)氏。

http://www.myanmardistributiongroup.com/

アメリカ・サンキスト・グローワーズのサンキストブランド飲料をMyanmar Beverage Companyがミャンマー国内で生産し、Myanmar Distribution Groupが販売を行うとのことも発表しています。
カフェブランド Gold Roast Coffee Mix
紅茶ブランド Royal Myanmar Tea Mix
シリアルブランド Calsome Cereal Mix などを展開しています。

<ミャンマー  カンボーザ銀行の解説>

創立者はAung Ko Win氏で1994年に設立しています。銀行は100支店を展開するとともに、宝石採掘事業、タバコ事業、食用油事業などを展開しています。最近は航空事業を開始しています。カンボーザ銀行Kanbawza Bank (KBZ)はミャンマー国内大手金融機関の中の大手5行の1つでミャンマーユニバーサル銀行、ヨマ銀行、ミャンマーメイフラワー銀行、アジアウェルス銀行、Myanmar Universal Bank, Yoma Bank, Myanmar May Flower Bank,Asia Wealth Bankなどの中の1つです。2012年度の資本金は690億チャットであるとしています。2011年度にはミャンマー中央銀行よりAuthorized Dealer Licenseを取得しています。

2010年にはミャンマー国際航空Myanmar Airways Internationalの株式80%を買収。
2011年には国内線を飛ぶエアーKBZを立ち上げ、国内、国際路線を拡大する計画です。

<ミャンマー レッドリンク・コミュニケーションの解説>

Red Link Communications社はYangon市に本拠地を構える通信インフラ企業です。
同社ではWiMAXブロードバンド回線を提供、インターネットインフラ提供もおこないます。提供先地区はヤンゴン、マンダレーになります。設立は2008年でミャンマーでは第2位インターネットサービスプロバイダーになります。第1位はBagan Cybertech社になります。

2010年にはミャンマーで初めてのICT/telecom社として ISO9001:2008 “Quality Management System”証明を取得しています。創業者2名はToe Naing Mann氏と Aung Thet Mann氏でミャンマー軍トップ3のShwe Mann氏の息子になります。

インターネットラジオやポータルサイト enjoy.com.mm 、enjoy.net.mm.なども開設。2010年度には高速通信回線のインターネットサービスも開始しています。

<ミャンマー 小売事業 シティマートの解説>

ミャンマーの小売事業最大手のシティマートは1996年に設立されています。

http://www.cmhl.com.mm/

グループ傘下に 輸入、卸売り、小売を行っていてヤンゴン市内を中心にスーパー「City Mart」14店、
ハイパーマーケット店「Ocean」4店などを展開しています。グループの年間売上は約1億ドル以上。全店舗の1日の平均来客数は4万人を越えるとしています。代表者はDaw Win Win Tint氏でMyanmar’s Supermarket Queen”と呼ばれています。

コンビニエンスストアではタイのサハ・グループと提携していて2013年1月時点で15店舗「108Shop」を展開しています。2011年にサハ・グループ子会社であるSun108社、ミャンマー小売最大手のCity Mart Holding社、Todayグループとの合弁で設立しています。Vathit Chokwatana氏はこの108ShopミャンマーのMyanmar Convenience Store Coの代表です。

<ミャンマー ユザナ・カンパニーの解説>

ミャンマーの財閥の1つ、ユザナ・カンパニーYuzana Companyは建設事業、農業、観光ホテル事業、不動産事業、水産業などを手掛ける複合財閥です。1994年にHtay Myint氏が設立しています。Khin Nyunt元首相と深い関係があるとされています。

水産業から始まりパームオイル農園、製糖事業、チーク材、ジェトロファ、天然ゴム事業など
農産物事業へ進出。小売事業でも進出していてユザナ・スーパーマーケットYuzana Supermarketを
ヤンゴンで開業。1997年はユザナ・ホテルYuzana Hotel198室を開業。他にもYuzana Garden Hotel(ヤンゴン) Yuzana Resort Hotel(グエサウン)なども開業しています。住宅開発としてユザナ・ガーデン・シティYuzana Garden Cityをヤンゴンで開発しています。2007年には190kmに及ぶ  Stilwell Road道路開発をミャンマー政府よりBOT式により受注。またミャンマー最大級のタピオカパウダー生産工場も保有しています。

<ミャンマー Htoo トューグループの解説>

ミャンマーで第2回ミャンマー不動産サミットMyanmar Real Estate Summit(MRES)がヤンゴン市内で開催されます。ミャンマー不動産業界は海外、国内からの積極的な投資が舞い込み、買い手のニーズが強く2013年時点で活性化している市場の1つになっています。

実際にヤンゴン市内の不動産価格、賃貸料は東南アジアの国々の中でも高い成長を続けていてホテル、住居、複合施設などそれぞれが伸びています。2013年度のMRESではミャンマー国内のインフラ開発に焦点を当てティワラ工業団地やMyothar工業団地での恩典や特別減税などの政策に関心が高まっています。

今回のサミットはHtoo Group社の会長が主催者で開催テーマが”Urbanisation of Yangon City: Master Plan and Outlook”となっていて他では”Mandalay as a Tourism and Industrial Hub”マンダレーを旅行事業、工業などのハブ地域へと言うテーマで開催されます。

またスピーカーゲストとしてJETROの代表であるMasaki Takahara氏がミャンマーでの”Infrastructure and Industrial Development”を講演します。不動産コンサルティング会社Colliers International Myanmar社の代表Tony Picon氏も”Serviced Apartment Landscape”のミャンマー事情を解説します。

<ミャンマー SPAグループの解説>

ミャンマーのSPA(FMI)グループはSerge Pun氏により1991年に設立され子会社を含めて銀行事業、不動産開発事業、製造業、建設事業、自動車事業、病院事業、農業、ゴルフ場事業などを展開しています。

SPA社はSerge Pun & Associates (Myanmar) Ltdの略称で1991年設立。FMI(First Myanmar Investmentファースト・ミャンマー・インベストメント)は、SPAグループのファイナンシャルサービス部門に位置する会社で設立されています。

FMIでは、ヤンゴンの近代的な住宅開発地区FMIシティの開発、ティラワ地区の開発、スターシティの開発、ヤンゴン中心部のショッピングセンターFMIセンターなどを含めた不動産開発事業、病院経営事業やゴルフコース事業、コーヒー農園事業などもおこなっています。またシンガポールに上場しているYOMAストラテジック・ホールディングスは、SPAグループの創業者Serge Punサージ・パン氏が、筆頭株主(46.9%保有)のシンガポールの企業になります。

SPA社の合弁先としては自動車関連企業でNissan Motor Company Suzuki Motor Company商社関連企業としてSumitomo Corporationなどがあります。

<ミャンマー ゼガバーZaykabarグループの解説>

ミャンマーの財閥のゼガバーZaykabar社は1978年設立で不動産開発事業、(工業団地、ゴルフ場、高級マンション、リゾートホテル、住宅開発)を中心にミャンマー建設事業大手企業で タバコ事業、天然ゴム事業なども展開しています。

ミャンマー国内では国際基準を満たしたホテル数は少なく、外国企業出張者などを対象にした高級ホテルの宿泊代はますます高騰しています。今後はシンガポールのシャングリラ(Shangri-La)社が5つ星ホテルなどを建設中。Max Myanmar社とノボテル社も5つ星ホテルを共同で建設。ゼガバー社も複合住宅施設・高級マンションを建設中としています。

またゴルフ場としてRoyal Mingalardonゴルフコース、280エーカー、21ホールゴルフコースをミンガラドンガーデンシティ内に建設しています。2008年はZaykabar社では25階建てのPyay Gardenコンドミニアムを建設。ホテルではMya Yeik Nyo Royal Hotelを開業しています。2010年からガソリン小売事業も開始。様々な事業形態で展開を進めています。

<ミャンマー エデン・グループの解説>

ミャンマーの財閥の1つエデン・グループEden Groupはミャンマーの複合財閥で外食フランチャイズ産業、建設事業、観光旅行産業、金融事業などを手掛けています。

Chit Khaing氏が設立しました。同氏はAsia General Electric(AGE)の取締役でもあり電子部品製造事業から始めています。ミャンマーの新しい首都ネーピードーの開発企業の1つでもありミャンマー政権より様々な権益を付与されています。

1980年代はEden restaurantエデン・レストランをヤンゴンに開業。建設事業としてもEden Groupエデン・グループを展開しています。ミャンマーフットボールリーグのDelta United FC(現在はチーム名Ayeyawady United F.C.)の
スポンサーでもあります。金融事業ではミャンマー政府からMyanma Apex Bank(MAB)の設立認可を得て商業銀行設立をしています。

その他には MAPCO(農業事業) Denko Trading Co.,Ltd(石油化学製品、ディーゼル)
Eden BBB Restaurant(レストラン・外食),Signature Restaurant(レストラン・外食),
Fuji Coffee House(レストラン・外食)などを展開。
Aye Tha Ya Golf Resort(観光・リゾート),Thingaha Hotel(ホテル),
Marina Residence(ホテル・住宅) Eden Garden Resort Hotel(ホテル),
Thingaha Resort Hotel(ホテル), Thingaha Resort Hotel(ホテル)などを展開しています。

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情報提供: ASEAN JAPAN CONSULTING株式会社

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