タイの憲法改正により、総選挙が2018年以降に延びる見通し

タイ軍事政権のプラユット暫定首相はタイの新憲法の草案について、
2016年12月に即位したワチラロンコン新国王の権限に関する
条項に修正要請があったこと挙げ、政府はそれに合意したと
明らかにしました。
憲法草案は2016年の国民投票で承認されており、
ワチラロンコン国王の承認を待っていた段階でしたが、
再度やり直しとなりました。

その後13日にはタイ軍事政権暫定国会ではワチラロンコン新国王の
要請に基づいて修正した新憲法草案を賛成多数で可決しています。
修正案には国王が摂政を置かずに外遊できる規定が含まれていると
しています。
今後、憲法起草委員会などが再度新憲法案の修正作業を
本格化していくとしています。

再提出を受けた後、新国王が90日以内に署名することで新憲法は
成立します。
暫定憲法の改正を早く終了したことと、再提出までの期間も30日と
したことで、新憲法公布までの期間は短縮されましたが、
総選挙に関しては2018年以降になる可能性も出ています。

2006年のクーデターでは、直ちに陸軍大将、
ソンティ・ブーンヤラッガリンを首班とする軍事政権が発足し、
2006年内に暫定憲法が公布され、スラユット・チュラーノンが
首相に着任。
2007年8月には2007年タイ王国憲法が公布され、民政復帰が
開始されました。
2007年12月23日に下院選挙が実施され、2008年1月に選挙の
結果を受けクーデターで政権を追われたタクシン元首相派の
文民であるサマック・スントラウェート元バンコク都知事が
首相に就任しました。

2008年以降は反タクシン元首相派寄りとされる憲法裁判所が、
サマック首相の民放テレビ出演を違憲とし失職させるという
司法クーデターを起こしました。
さらに憲法裁判所は前年からの選挙違反を表向きの理由にして
与党の国民の力党に解党命令を出し、ソムチャイ首相も
失職させました。

2009年12月、野党の民主党が総選挙を経ずに政権を獲得し、
アピシット・ウェーチャチーワが首相となり、
2010年からはタクシン元首相派(通称赤シャツ隊)を
中心とした市民による総選挙を求める大規模なデモが
バンコク中心部で発生。
アピシット政権はデモを徹底的に弾圧し、数百人の犠牲者が
出ました(暗黒の土曜日)。
その後2011年に実施された総選挙では、タクシン元首相派の
タイ貢献党が大勝し、インラック・シナワトラが首相に
就任しました。

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情報提供: ASEAN JAPAN CONSULTING株式会社

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