フィリピン国際航空の歴史と業績に関して

フィリピン航空は1941年に大手財閥、ソリアーノファミリーが設立、
1990年代末に通貨危機と労働争議による運休で経営が悪化し、
会社更生法を申請しました。
その後、実業家ルシオ・タン氏が買収し、一時的に業績が
回復したもののすぐに低迷、2012年にPALホールディングスに
大手財閥サンミゲルの49%の出資を受け入れ、同社のラモン・アン
社長をトップとしました。

しかしサンミゲルは2014年9月に保有する49%の株式を売却すると
発表しました。
この49%はフィリピン航空株の51%を保有するルシオ・タン氏の
グループへ売却、再びルシオ・タン氏グループがほぼ完全支配する
ことになりました。
ただし、2014年からはフィリピン資本でない外国航空会社の資本を
受け入れて生き残りを目指す方針も打ち出され、
複数の投資家グループと交渉を続けています。

PALホールディングスはフィリピンのフラッグ・キャリアとして旅客機、
輸送機の双方を手掛け、国内30都市、海外国際線で20か国・
40都市以上で就航しています。
子会社のPALエクスプレス便はマクタン・セブ国際空港をハブ空港
としてジェット機では運航できないフィリピン国内の小規模空港へ
就航を広げていきました。

2016年度業績は売上で前年比7%増の1166億ペソ、
純利益では前年比8%減で35億3000万ペソでした。
営業コストなどの増加が原因で利益を圧迫しました。